「明暗」
3月19日。奇しくも卒業式のちょうど1週間前。先日の第53回獣医師国家試験の結果発表のその日である。
発表は午前10時、農林水産省庁舎正面玄関エレベーターホール手前掲示板に受験番号が張り出される。当然、大多数の者はそんな所まで見に行くことなどできないので、農林水産省生産局畜産部の家畜衛生のホームページにも受験番号及び氏名が掲載される。同時に各大学にもFAXが発送される。そして、それには合格者の氏名しか載っていない・・・。
ネットが発達した現在では、ホームページでの発表が一番リアルタイムに知ることができる手段である。私は早朝より大学にやって来ていつものようにインターネットを楽しんでいた。ただ一つ、いつもと違うことはお気に入りに「畜産部家畜衛生のページ」が加わっているということ。9時半を過ぎるとそれまで静かだった研究室もにわかに活気付く。研究室の戦友がやはりネットで結果を確認するため一人、また一人とやって来る。結果の気になる後輩も何人かおそるおそるやって来る。
あと10分。各自のパソコンの画面には家畜衛生のページが表示されている。農水省の家畜衛生のページが今日ほど注目されることなどあるのだろうか。今日ほどアクセスされることがあるだろうか(年に一度この日くらいでしょう)。おそらく全国で多くの同朋達が同様に時計を見ながらモニターの前に釘付けになっていることだろう。あと5分。F5を幾度となく押してみるが、当然まだ結果は現れない。発表は10時ということは解っているが、どうにも落ち着かない。皆の様子にもあきらかに緊張が見て取れる。まだか・・・まだか??? モニター端の時計に目をやる。あと3分・・・。パソコンの時計をこれほどまでに気にするのはYAHOOオークション終了間際以来だ。そういや、最近オークションしてないなぁ。もうすぐ有料化かぁ。と、あと2分。今一度トイレへ行って心の準備を整える。1分前。59、58・・・心の中でカウントが始まる。いよいよCMの後、予想だにしない驚愕の事実があきらかに!!
モニターの時計は10:00を示している。この瞬間のために、時刻調整ソフトを使って寸分もたがわず日本標準時刻に合わせていた。機は熟した! F5を押す。。。しかし、予想通り、そこにはこれまでとなんら変わらぬ家畜衛生のページしか表示されない。まぁ、そらそうだわな。10:00に貼り出されるんだから、ネットで時間ピッタリに更新されるわきゃないか。しかし、だとしたらいつ表示されるんだ??? 農水省のページ管理者さんよ。いつ更新するんだ! ちゅーか、本当に準備しているのか? 10分後か?30分後か?はたまた1時間後か??? 下手をするとFAXの方が先に到着してしまうぞぅ! 無論、FAXでの結果発表もそんな時間かからずに来るわけだから、そっちを待てばよいわけだが、このFAXは獣医学科の掲示板に貼り出されてしまうのだ。そこにはバッチリ名前が書いていて通りすがりの人全てに無差別に公表されてしまうのだっ! そんな所へノコノコと結果を見に行けるお気楽者はそうそういない。みんな見てみぬフリをして避けて通るのだ・・・。だから、自分のパソコンで一人静かに確認したいのもお解りになるかな? まぁ、自分がその瞬間になれば解るハズ。
しかし、5分たてど、10分たてどまだネットには表示されない。どうやらFAXもまだ到着していないもよ・・・と、その時! 「キターーーーーーーーーーッ!!!!」突如、静寂を破る雄叫びが研究室内を包み込む。そう、ついにネット上に待ちに待っていたその文字が・・・! 「第53回獣医師国家試験結果」 さっそく私もF5を押す。画面は切り替わった。そしていざ、試験結果をクリック、クリック! さぁ、いよいよその全貌が明らかに・・・。と思ったが表示されるのは真っ白なページのみ・・・。んぁ?な、なぜだ?F5を連打してみる。しかし現れる画面は白いまま。写れ、画面。なぜ写らん!すると隣からは「あった〜っ!!! 受かってる〜っっっ!」との絶叫が! なぬ?むこうはちゃんと見れるのか? な、なぜこっちは・・・ハッ! そうか! 私のパソコンはウィルス対策のため、ActiveXやらJavaやらの設定を無効にしていたのだ! 試験結果はPDF形式で表示される。どうやらActivXを無効にしているとAcrobatが起動しないのだ! 解らん人には解らんかもしれんが、要は見れないような設定になっていただけ。あせって設定を有効にしようとするが、さらに後ろからは「オレもあったよ〜っ!!!」との声が。えぇい!もう待っておれん! 私は振り向きざまにその人のパソコンに表示されている結果を見させてもらうことにした。画面には無数の受験番号と名前が表示されている。見知った名前もいくつも載っている。オ、オレの、オレの名前はどこだ・・・?番号順に上から見ていく・・・。「あった〜、あったあったぁ!!!!オレもあったよ〜!!!!!」
後に彼は語った。「いや〜、やっぱ自分の名前見つけた時は嬉しかったッス。というよりホッとしたって感じかな。これでもうあの分厚い参考書やら問題集を開かなくてもすむのかと思うと・・・。でもま、(自分の名前を)見つけた時はやっぱり受かってたか、って感じでしたね。いや、別に勉強完璧にできてたわけでもないし、受かる!って自信があったわけでもないんだけど。なんていうかな、試験終わった時の感覚。ちょっと偉そうに言っちゃうけど、この20数年生きてきて幾度となく試験受けてきたわけじゃないですか。で、わかるんですよ。試験終わったときの直感で。あぁ、これは受かったな、って。高校受験も大学受験も就職試験もそんな感じで受かってきたんで。今回もそんな直感が働いたんです。でもやっぱ発表2〜3日前からはやっぱ無意識に緊張してましたね。何度も夢見ちゃいましたよ。合格発表の。で、なんか全部受かってる夢だったんですけどね(笑)。で、目がさめると、あぁこれも夢だったか〜って溜息ついて。。。まぁ、正夢になってよかったッス。あ、そろそろ電車の時間なんで行かないと。それじゃどうも。」
見事、国家試験の難関を乗り越え、プロの獣医師として羽ばたいていく彼。しかし、この6年間はこれから先の人生のほんのステップの上り始めにすぎない。試験に受かり、免許を手にしたときからが真のスタートラインなのだ。そして今回惜しくも失敗してしまい再チャレンジする者達もガンバレ! 長い人生で挫折を味あわないものなどいないのだから。。。
あ〜、クサ・・・・。
完 結
第三話