鎖骨にまつわるエトセトラ




 鎖骨。って知ってますか、みなさん? 鎖骨といえば何を思いつきますか? 夏、Tシャツの胸元から見えるセクシーライン。人体の中で最も骨折しやすい骨の一つ(人体で最も骨折しやすい急所の骨は鼻骨、頬骨、眼窩[目の下でっぱり]、下顎骨、鎖骨、中手骨[手の甲の骨]など)。このように我々ヒトにとっては当たり前にあって不思議とも思わない鎖骨なのだが、実はこの鎖骨というやつがない動物がいるのだ。というか、哺乳類の中ではある方が少数派なのである。
  鎖骨のある動物:ヒトをはじめとした霊長類、マウスやラットなどの小型げっ歯動物など
  鎖骨のない動物:イヌ、ネコ、ウシ、ウマ ほかいっぱい
 なぜ鎖骨のある動物とない動物がいるのか? さぁ推理してみよう。上記のグループに何か共通点がないか。わかった? わかんない? まぁどっちでもいいので話を進めていく。まずは鎖骨のない動物に注目してみる。イヌ、ネコ、ウシ、ウマ・・・他にもライオンとかゾウとかシマウマとかなんでもい。つまり、アレだ。こいつらに共通する特徴はズバリ、四足歩行動物であるということ。歩行には通常、4本足を利用し、二足起立しない。すなわち、四肢を歩行にしか使用しない。つまり、「手」という概念がないのである。マウスやラットも四足歩行じゃないのか? イヌやネコで後ろ足で立って歩いてるのがいるじゃん。って話はナシ。ネズミも確かに四足歩行なのだが、イヌ・ネコなどの四足歩行とは根本的に異なるのだ。詳しくはあとで。ネズミ類は後足で自由にごく自然に二足起立できる。非常に安定感があり、びっくり動物ビデオとかにでてくるイヌネコの無理やりでフラフラ安定感のない二足起立とはまったく違う。後者はバランスを意識的にとって倒れないように立っているだけである。前者の場合は意識的にバランスをとることなく、ヒトやサル同様、後足で自然にヒョイッと二足起立できるのだ。これらはまったく性質の異なるものなのだ。長くなるんで詳しくは後で。
 
 さて、話は鎖骨に戻るが、鎖骨というものは鳥にもある。恐竜の一部や爬虫類にもある(らしい)。つまり、もともとあったものが哺乳類の四足歩行動物ではなくなってしまったのだ。なぜか? 何か理由があるはずである。鎖骨がいらない、あると不利な理由が。その答えはズバリ、四足歩行そのものにある。

四足歩行
 四足歩行とは前後4本の足を使って歩行することだ。そのメカニズムは先ず、後ろ足から始まる。後ろ足で地面を蹴る。地面を後ろ向きに蹴れば当然、足には抵抗がかかり前向きの力が働く。この力は足先〜脛骨〜大腿骨に伝わる。大腿骨は関節で骨盤につながっている。骨盤は関節で仙骨(背骨の一部)にくっついている。背骨は体の中心骨格である。すなわち、後ろ足で地面を蹴ることにより生じた前に進もうという力が骨と骨の結合により、無駄なく、スムーズに胴体(背骨)全体に伝わり、体全体を前方に進めることができる。後ろ足は骨同士で胴体(背骨)にしっかりとつながっており、後ろ足で蹴った力を100%体に伝えることができるのだ。
 一方、前足は後ろ足で蹴って前に進んだ体の着地に使われる。着地の際には体重の数倍もの力が前足に加わることになる。この際に鎖骨があると非常によろしくないのだ。そもそも鎖骨という骨が何なのかというと、鎖骨は腕の骨と背骨とをつないでいる骨なのだ。ヒトを例にとって解説すると、前足(手)の骨は前腕骨〜上腕骨ときて肩甲骨にはまっている。この肩甲骨に鎖骨が関節結合している。鎖骨のもう一方の端はグルリと前方に回って胸骨(胸の中央にある骨)につながっているのだ。さらにこの胸骨にはご存知、多数の肋骨がくっついている。この肋骨はグルリと胸から背中に回りこんで背骨にくっついているのだ。すなわち、鎖骨は前足と背骨とを骨によってつなぎあわせる役目をしているのである。つまり、この鎖骨がない四足歩行動物は前足と背骨がつながっていないのである。肩甲骨は筋肉で肋骨の上に浮いているような感じになっているのである。筋肉は骨に比べ非常に柔らかく弾力性がある。前足が鎖骨で背骨につながっていない四足歩行動物では前足が胴体とは柔らかい筋肉とつながっているだけでフワフワと浮遊している状態なのである。
 もうおわかりだろうが、この弾力性というものが、着地の際に前足にかかる大きな衝撃を吸収するのにかかせないのである。もし鎖骨があって前足の骨と背骨がつながっていたら着地の際の衝撃がモロに背骨(脊髄)と胴体(内臓)に伝わり、よろしくないということは容易に想像できるだろう。第一、そんな衝撃を受けまくってたら鎖骨そのものがもたないだろう。
 前に進む力を胴体に確実に伝えるため後ろ足は骨同士で背骨につながっており、着地の際の衝撃を和らげるため前足は骨同士では背骨につながっていない。そのために鎖骨は必要ない。ということでご理解いただけただろうか。

鎖骨
 ではなぜヒトやネズミには鎖骨があるのか。ヒトや霊長類などの最大の特徴というのは、前足を手ととして使用するということである。つまり前足で物をつかむという、歩行以外の目的に使用しているのである。では鎖骨は何の役目をしているのかというと、手を安定させる役割を果たしているのだ。前述のとおり、鎖骨があるということは、手と背骨がつながっているということである。手が背骨、つまり胴体に硬い骨でしっかりとつながっていて、安定感があるのだ。これにより手で精密で安定した動作を行うことが可能なのである。すなわち物をつかんだり、道具を使用したりといった細かい作業に非常に有利なのである。解りやすく言えば、たとえばペンで字を書くとき、肘をうかせて腕が宙ぶらりんの状態で書くのと、肘を台に乗せて腕を固定させて書く場合ではどちらが楽に、正確に書くことができるかを考えるとよい。

 以上のように前足を歩行のために用いるか、物をつかむ手のために用いるかにより鎖骨の有無が決まってくるのだ。これらの差を見分けるには指を見ればよい。物をつかむためには当然指が長い。ヒトもサルも指が長く自由に曲げ伸ばしができる。イヌやネコは指が短く物をつかむことはできない。また、歩行に適するように肉球が発達している。

マウス・ラット
 マウスは四足歩行なのになぜ鎖骨があるのか? はっきりいって詳しくは知らん。あるもんはあるんだ。マウスのような小型げっ歯類が哺乳類の祖先であるということは聞いたことがあるだろう。つまり、このネズミの形が全ての哺乳類の大元なのかもしれない。
 マウスやラットは指が長く、物をつかむことができる。当然鎖骨もある。しかし四足歩行も行うため、肉球らしきものもあるが発達はしていない。また、四足歩行とはいっても、指の先端で立っている草食動物や手のヒラ足のヒラを地面につけず指だけで立っている肉食動物(ヒトがカカトを浮かしたような状態)と異なり、ヒトやサル同様手のヒラ足のヒラを地面につけて歩行している。通常の四足歩行動物のように後ろ足で蹴って前足で着地というような歩行ではなく、前後の肢をつかってペタペタと歩く。足の裏全体を地面につけているから後足だけで安定した二足起立もできる。一方、大型のげっ歯類であるウサギの手はイヌネコ同様の形で指は短く、肉球があり、鎖骨もない。前肢は当然、物をつかんだりすることはできないが、ピョンピョン飛び跳ねて着地するのに適している。このようにマウス・ラットの四足歩行は草食獣・肉食獣のソレとは異なったものなのだ。だから鎖骨もあるし四足歩行もする。この形から四足歩行に重点を置いた種では鎖骨が退化し、手という機能を特化させた種では鎖骨はそのままで、さらに細かい動作ができきるようにとなっていったのだろう。



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