通説・因幡の白兎



 「通説・因幡の白兎」
 昔々、此の大国主神には大勢の兄弟(神々)がいた。その神々が因幡国の美女、八上比売(やがみひめ)を落とすべく、我先にと因幡国へと向かっていた。ようやく神々が気多(けた)の岬についた時、海岸で一匹の兎が泣き伏せていた。良く見ると兎は毛皮を剥ぎ取られて真皮剥き出し状態だった。それはそれは見るからに痛々しい姿で、当の本人は見る以上に痛いのは至極当然のことで、たいそうけたたましい声で鳴きわめいていた。長旅ですっかり疲れ果てていた神々は、せっかくビーチで一時のバカンスでもしようと目論んでいたのに、このやかましい兎のおかげですっかり興醒めしてしまった。
 仕方なく先を急ごうかとした時、一人の神がストレス解消のグッドアイデアを思いついた。その神は兎に近づきとりあえず優しい声で「これ、兎よ。一体どうしたというのじゃ?」と尋ねた。兎は震える声で答えた。「私は沖の島に住んでいたのですが、此の地に渡ろうと思いました。しかし渡る手段がありません。そこで海のワニザメを騙し、『オイラ達とオメェ達のどちらの仲間が多いか少ないか比べようじゃないかい? テメェ達は仲間をできるだけ連れてきて、此の島から気多の岬まで、一列に並んでみてくれ。オイラがその上を飛んで、数を数えて渡って行くからよ。これでどちらの仲間の数が多いか解るってもんだろう?』と言いくるめたのです。馬鹿なサメどもは言われるがまま一列に並び、私はその上を数えながら調子良く渡っていきました。そしてちょうど地上に降りようとした正にその時、油断してつい調子に乗ってガマンできずに『チミ達はオイラに騙されてたんだよ?バカ! 魚類程度が哺乳類と争おうなんて片腹痛いんだよぉ、ウケケケケ!』と口を滑らせてしまったのが運の尽き、一番最後にいたサメに捕らえられてしまい毛皮を剥がされてしまったのです。痛いんです、ハイ。」と答えた。
 別にそんな話はどうでもよかったのであまり聞いていなかった八十神は「かわいそうに、たいそう痛かろう。まずは海水に100数えるまで浸かりなさい。海水は殺菌作用のある塩分を含んでいるから傷に良いのだ。ちゃんと肩までつかってゆっくり数えるんじゃぞ。その後、良く風に当たって水分を飛ばせば、塩の膜が剥き出しの肌を覆って皮膚の変わりになる。あとは高山の頂上で伏せていれば宇宙エネルギーと自然治癒力がナイスな具合にブレンドされて傷の回復をはやめるだろう。」と言った。兎は八十神の教えに従い、海水に浸かっては大声で泣き叫び、風に当っては鳴きわめき、山頂で伏せて海水が乾くにつれて身の皮が風に吹かれ裂けてしまっては断末魔の奇声を発していた。とうとう兎の喉はつぶれて声がでなくなってしまった(兎があまり鳴かない由縁)。神々はその様子を肴にたっぷりと盛り上がり、元気ハツラツ旅先を急いだ。

 兎が痛み苦しんで泣き伏せていると、兄者達の荷物を背負わされたパシリの大穴牟遅(おほなむぢの)神=後の大黒主神がようやくやって来た。大穴牟遅神は兎を見つけると、「何故お前は泣き伏せているのか。」と聞いた。かろうじて理由を話す兎。その話を聞いた大穴牟遅神は、愚かな兎だなぁ、きっといつもこんな風に一言多いお調子者で痛い目にあっているんだろう。しかし所詮は四足歩行のげっ歯類。他の生き物を騙そうとするとはおこがましいヤツ・・・。そうだ、こいつに私(神)の偉大さをいっちょ見せたるか! いつも兄神達にパシリ扱いされていてたまには誰かの上に立ちたいと常々思っていた所。今がチャンスだ! 大穴牟遅神は「今すぐ、そこの河口に行って、真水でその身を洗い、すぐその河口にある蒲黄(がまのはな)を取って、敷き散らして、その上に転げ回れば、お前の身は元の皮膚のように、必ず癒えるだろう。」と教えた(ちょうど昨日読んだマンガに書いてあったしな、役立ったぜ!)。その教えの通りにすると、兎の身は元のようになった。これが後世に伝わる稲羽の素菟(しろうさぎ)である。
 
 
 この説話から、大黒主神は医療、獣医の神ともされており、伝承の舞台となった因幡(鳥取県)は日本獣医学発祥の地とされているそうな。



参考文献 「日本昔話百満選」 稲葉浩二 編集 講談社



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